柏洋通信
2017.03.23
柏洋通信Vol.44
【芝浦工業大学に行ってきました。】(3/23)
当社が産学連携でお世話になっている芝浦工業大学のデザイン工学部が、この4月から新たなスタートを切る運びとなりました。
2009年に開設されたデザイン工学部ですが、刻々と変化する時代の要請に応えるため、この程その形を大きく変えることになったのです。
当社とデザイン工学部・エモーショナルデザイン研究室の橋田教授とのお付き合いも、早4年目を迎えました。
その間大学生の瑞々しい感性と、橋田教授の的確なご指導もあって、幾つかのデザインが製品化され、市場へと出ています。
さて、今回大きく変わったところは、製品などの形ある「モノ」をデザインする生産・プロダクトデザイン系と、 操作感やユーザ体験など「コト」をデザインするロボティクス・情報デザイン系を開設(芝浦工業大学HPより)したことです。
そこで3月19日に各方面で活躍する卒業生や、当社のような社外の関係者に向け、 その趣旨を説明する機会が設けられたことから(同時に記念講演会も開催)、私もJR田町駅からほど近い芝浦キャンパスに行ってきました。
冒頭でデザイン工学部長の古屋氏より、「これまでの歩みを継承しつつ、さらに『デザイン工学』のあるべき姿を示すための改編です」という、力強い発言もありました。
古屋学部長のお話に続いて、新井民夫特任教授よる記念講演が行われました。
新井教授は生産技術やロボットの分野で著名な研究者である一方、畑の違うサービス工学の提唱者としても知られるなど、 多彩な研究分野で数多くの成果を上げられてきました。
東大を退官後に芝浦工業大学のグローバル化に尽力されましたが、この3月末を持って惜しまれつつ退職されることとなりました。
講演のタイトルは正に時宜を得た「グローバル化、人工知能、そしてロボットの時代に、なぜ我々はデザインを学ぶのか」です。
「2045年には人工知能が人間を超える」「今後30年で現在の仕事の半分はなくなる」など、初っ端からショッキングな話が続きます。
人工知能やロボット万能時代になっても、人間が人間としての尊厳を持って生き残るには何が必要なのか。
重要とされる10のスキルがあるそうですが、中でも「異文化対応力」「論理的思考と適応力」そして「デザイン思考」の3つが欠かせないとか。
講演はさらに新井教授の深い知見に基づき、人工知能やロボット研究の歴史から、デザインする上での具体的な方法論に至るまで、縦横無尽に続きました。
その後の懇親会にも参加させていただき、新井教授にご挨拶する機会を得ました。
氏は芝浦工業大学を退職後も幾つかの要職に就かれていますが、その一つが国際廃炉研究開発機構の副理事長の職です。
現在福島第一原発の廃炉に向けた体制作りに関わっておられ、残りの人生を賭して取り組んでいきたいとおっしゃっていました。
この問題は福島県に生産拠点を持つ当社にとっても関係の深い事項です。
思いがけず新井教授とご面識を持つことができたことに驚くと共に、このような機会を設けていただきました橋田教授や芝浦工業大学の関係者の方々に、 改めて感謝したいと思います。
尚、国際廃炉研究開発機構のオフィスは、偶然にも当社の本社とほんの目と鼻の先の所でした。
これからも時間が許せば、新井教授にお話を伺えればと思っています。
七島 徹
2017.03.22
柏洋通信Vol.43
【5回目の色替えを実施しました。】(3/22)
3月11日から15日にかけて、5回目の色替えを実施しました。
今回は白から茶への3回目のトライになります。
今回も前回の実績を踏襲し、基本的にはオーバーアクションは取りませんが、僅かながら時間の短縮を図りました。
3月10日の夕刻から原料を計画に則り入れ替えはじめ、翌11日のお昼前に生産を停止。
その後ほぼ計画通りに色調は変化し、3月14日の夕方には概ね茶へと変わりました。
3月15日の8時過ぎから3号ラインを皮切りに順次生産を再開、16日の午後に最後の2号ラインがスタートし、色替えは完了しました。
今回の色替えでも生産再開に当り予期せぬ事態が発生し、また新たな課題も見えてきましたが、大きな問題もなく終えることができたと考えています。
当社の色替えも5回を数えるまでになり、従業員の間に当初の緊張感が薄れていることが窺がわれます。
3回目ぐらいまでは、溶解に関わる人間以外も素地の色調を確認するために、頻繁に現場に集まって来ていましたが、 回を重ねるごとにその数が減ってきているという現実があります。
色が変わるのはもはや当り前の感覚になっているのでしょう。
当社としてこれまで大きな失敗はなく、色替えのノウハウを着実に蓄積してきたことは事実だとしても、 安易な気持ちで取り組むことのできる作業ではないことを、全従業員が再度肝に銘じなければならないと思います。
これからも過信することなく、より安定的かつスピーディーな色替えを目指し、「分析と研究を怠るべからず」の思いを強くしています。
七島 徹
2017.03.20
柏洋通信Vol.42
【第13回ガラスびんアワード授賞式に出席しました。】(3/20)
3月16日に開催された第13回ガラスびんアワードの授賞式に行ってきました。
今回も審査委員長にはイラストレーター、作家、映画俳優と多彩な分野で活躍されているリリー・フランキーさん、 審査委員にはフリーアナウンサーの富永美樹さんが当たられました。
授賞式に先立ち、日本ガラスびん協会山村会長からご挨拶がありました。
その中で今回エントリーされた245アイテム(335本)は、昨年を上回る本アワードの新記録とのこと。
また、今までエントリーはガラスびんメーカーの推薦が中心だったものが、まだ数は少ないものの、 ボトラーからの自主的な応募が増えてきているという、うれしい報告もありました。
本アワードの認知度も、回数を重ねるごとに確実に上がっていることがうかがわれます。
今回は審査基準が大幅に刷新されたことにも注目です。
ガラスびんに求められるものも、時代とともに微妙に変化することから、 機能、環境、デザイン面に加え、トレンドやライフスタイルなども考慮した、より多彩な観点から評価することになりました。
アワード並びに受賞作品の詳細については、以下の日本ガラスびん協会のHPをご覧ください。(http://glassbottle.org/glassbottlenews/1049)
私見ではありますが、今回のアワードでは、洗練されたオシャレな感覚やプレミアム感を訴求すると言う面で、 ガラスびんの持つ魅力が良く出た作品が多かったと感じています。
全体的にシンプルな機能美が評価されたことも、「今の時代」を表しているのでしょう。
受賞作品を眺めると、ガラスびんの「今」と「これから」の方向性が垣間見えたアワードだったと思います。
が、一方でそれらが業界全体のセールスに結びついていかないところに、ジレンマを感じている自分がいます。
我々ガラスびん業界とボトラーの意識、商品を扱うスーパーマーケットやコンビニエントストアなどの流通サイドの思惑、 はたまた消費者のニーズや嗜好との間に、齟齬をきたしているのではないかとも感じています。
今回の受賞が全て大手製びんメーカーに集中したことにも、中小びんメーカーの経営者として危機感を持っています。
様々な意味でガラスびん業界の現状や、柏洋硝子のアイデンティティとは何かを、改めて考えさせられたアワードでした。
七島 徹
2017.03.15
柏洋通信Vol.41
【フーデックスに行ってきました。】(3/15)
今年も3月7日から10日までの日程で、幕張メッセを会場にフーデックスが開催されました。
私は3日目の9日に訪れましたが、昨年に比べてさらにスケールアップし、 会場が10ホールにまで拡大していることにまず驚かされました(アジア水産・冷食展まで含めるとなんと11ホール!)。
フーデックスは日本、世界の食品・飲料の最先端のトレンドを発信するアジア最大級の展示会で、 内外の食や飲料に関わるプロたちが集う一大イベントであることは、皆さんもご存知の通りです。
42回目を迎えた今回は、国内はもとより約80か国から出展があり、4日間通じて昨年を上回る8万人以上が詰め掛けました。
フーデックスは出展企業のブースを見て回る楽しみだけではなく、トレンドを先取りした企画も要注目です。
今回は今や世界が認知した「和食」がキーワードです。
海外マーケットをターゲットに、「日本茶」や「ラーメン」など、日本の伝統食を大胆にアレンジした製品、 SUSHI、TEMPURAに次ぐ日本の「おつまみ文化」を提案する「OTSUMAMI JAPAN」、さらに日本酒だけでは語れない、 ジャパンメイドの地ビール、ワイン、ウイスキーをも含む「日本のお酒」を紹介する「KANPAI JAPAN」などなど、興味深い展示が目白押し。
その他にも、プロも唸らせる専門的なセミナーや講演も見逃せません。
今回私が特に注目したのが「アメリカに見る最新のお酒のトレンド」です。
長らくニューヨークに在住し、米国の流通業界に詳しいコーディネーターの丹野朱美さんが講演されました。
アメリカのトレンドが、時間をおかず日本に波及することは何かと多いものです。
次のビジネスヒントを掴もうと、客席はほぼ満席状態。
丹野さんのテンポの良い語りも楽しく、あっと言う間の1時間でした。
アメリカでは今、ホームテイメント(ホームとエンターテイメントの造語)が流行しているとか。言うなれば「家飲み」「宅飲み」のことです。
家族や友人など気の置けない人たちと、自宅でくつろぎながらアルコール類を楽しむことがトレンドなのだそうです。
2016年は世界のアルコール飲料の消費量が前年比で0.7%ダウン。 特に中国、ブラジルなどの新興国の落ち込みが大きかったことが影響していますが、 アメリカではミレニアム世代(20~36歳、ベビーブーマーの子供たちの世代)が牽引し、2.3%伸びました。
ミレニアム世代はこだわり派世代でもあります。
元々自宅に人を招くパーティー文化が根付いているアメリカですが、彼らと親の世代では好みのアルコール飲料も異なります。
ビールと言えばバドワイザーなどのマスプロ製品を指すのが、彼らの親の世代であるベビーブーマー世代。
一方ミレニアム世代では原料、製法、味にこだわったクラフトビールや輸入ビールになります。
ワイン志向も高く、ジンやウオッカなど、旧来型のハードリカーは敬遠されます。
今やアメリカでは、ビール飲料に占めるクラフトビールの割合が20%を超えていることからも、 こうしたトレンドが一時的ではないことを示しているのだと思います。
若者の「家飲み」「宅飲み」志向は日本でも見られることですが、これは決して経済的な面だけで語られるべきではないでしょう。 日本でもアメリカほどではないにせよ、地ビールが伸びていることは事実です。
日本でもこだわり派の増加と、それに伴うアメリカントレンドの後追いはあると実感しました。
今年のフーデックスに出展していた大手ビールメーカ2社が、奇しくも揃ってクラフトビールに関連する展示であったことは、 ある意味必然だったのではと思います。
日本でもこだわり派の増加に比例して、ガラスびんの需要が高まるはずだと言うと、我田引水でしょうか。
日本でホームテイメントがどのような形で定着していくのか、アメリカとはバックボーンが異なるものの、興味がつきません。
七島 徹
2017.02.26
柏洋通信Vol.40
【白亜ダイシン様を訪問しました。】(2/26)
2月20,21日で札幌を訪れました。
史上最高260万人以上を集めた雪まつりも終了した直後ですから、札幌の街も落ち着きを取り戻した頃かと思っていたのですが、 前日から始まった冬季アジア大会の影響もあってか、20日の羽田発新千歳行の便はほぼ満席状態。
市内でも外国人観光客の姿を数多く見かけました。
さらに驚かされたのは、その日の夜に訪れたジンギスカンを食べさせる店でのこと。
我々を除くとほぼ全員が、海外からの観光客の皆さんだったのです。
昨年も同時期に来ているのですが、その時とは全く様変わりです。
北海道らしさを味わえる店として、元々日本人観光客にも人気店であったことは確かですが、 決して高級店ではありません。店内を見回すと、中国の某サイトに紹介されたとの新聞記事が張り出されていました。
恐るべしネットの威力。
インバウンド消費は日本経済に大きなインパクトを与えることは、今さら言うまでもないことですが、 正にモノ消費からコト消費へと移っている事実を目の当たりにした瞬間でした。
さて、札幌市内のお客様を回った翌日の21日、岩見沢市に白亜ダイシン様を訪問しました。
岩見沢は札幌から旭川方面へ30数キロほどですが、札幌市内に比べても大変雪の多いところです。
当日はあいにく前夜から雪が降り続き、市内の幹線道路も路面が白くなっています。
同行していただくディーラーの方も道中が心配だと、訪問予定の1時間半前には早々とホテルに向かいに来ていただきました。
所々吹雪いていたところもありましたが、現地の岩見沢は打って変わっての快晴で、 思いのほか早く到着してしまいました。
目指す白亜ダイシン様は岩見沢インターを降りてすぐの国道沿いにあり、本社、工場に隣接してオシャレなショップが併設されています。
白亜ダイシン様は「NORTH FARM STOCK」(ノース・ファーム・ストック)のブランドで、全国展開されています。
「NORTH」は北海道をイメージする「北」、「FARM」は「農場、農園」、「STOCK」は「特別な物、蔵出し」を意味しています(J-NET21より)。
あくまで北海道産の厳選された素材にこだわり、「美味しさ」と「健康」をとことん追求し、 パッケージにも妥協はありません。
弊社の製品を数多くご使用いただいており、直近では新製品のパスタソースにも採用していただきました。
早坂社長はガラスびんの魅力をきちんとご理解いただいており、 我々のお客様であるのと同時にガラスびんの良き理解者として、たいへん得難い存在でもあるのです。
当日も弊社の試作品をお見せしたところ、ユーザーの視点から忌憚のないご意見をいただきました。
展示会にこれから出展するという新製品について、貴重なお話を伺う機会にも恵まれました。
発表前とあってここでは詳しく紹介できませんが、麹を使った全く新しい商品とのこと。
和の素材にトマトなどの洋のテイストを加えることで、 「NORTH FARM STOCK」のイメージをそのままに、今までにない商品に仕上がりました。
麹は一時ブームにもなりましたが、早川社長は全く意に介しません。
「流行を追うつもりはない。あくまで良いものにこだわった結果。改めて麹の底力に驚かされました」と言います。
さらに、「これから増々体に良いものを食べたいという要求が高まる」と。
それに応えるには、産地のはっきりした安心できる素材が前提だと熱く語ります。
北海道のこの地にどっしりと根を下ろし、生産者の方々とのしっかりとしたパイプを構築されている白亜ダイシン様だからこそできることです。
これからの展開が増々楽しみになってきました。
今まで以上に我々はガラスびんを通して、末永くお手伝いができればとの意を強くした、今回の訪問でした。
七島 徹
2017.02.22
柏洋通信Vol.39
【ベトナムのホーチミン市を訪問しました。】(2/22)
2月13日から16日の日程で、ベトナムのホーチミン市を訪問しました。
この程当社はベトナムから技能実習生を受け入れることになり、そのための面接を行うことになったのです。
既にベトナムから多くの技能実習生が来日し、日本全国津々浦々の生産現場で活躍していることは、皆さんもよくご存じのことと思います。
当社の工場がある福島県も例外ではありません。
ご承知の通り我が国では、外国人が工場などで日本人と肩を並べて普通に働くことには様々な制約があり、 原則として「外国人技能実習制度」を利用しなければならないのが実情です。
制度の詳しい説明は省きますが、日本の慢性的な人手不足を補う手段として、各方面で活用されているのです。
移民問題で大きく揺れ動く欧米を見るまでもなく、日本にとっても近い将来、 さらに一歩踏み込んだ決断を迫られる時期が来ると思うのは、私だけではないでしょう。
この制度には現在農業、建設、食品加工など74の職種が指定されていますが、 最近になって当社のようなガラスびん製造業にも適用される職種が加わったことから、今回の面接に漕ぎつけたのでした。
さて、面接は現地で日本に向け技能実習生を送り出している教育機関で行いました。
ここはホーチミン市以外にもベトナム全土に数カ所の拠点を持ち、現在1,900名の生徒たちが通っています。
彼らは高校、短大、専門学校を卒業後、その多くは数年の実務経験の後、日本での就労を希望して入学してきます。
カリキュラムの中心はもちろん日本語教育ですが、まず驚かされたのは、ここでの教育は日本以上に日本的だということです。
教室では「あいさつ」「礼儀」「時間厳守」が、繰り返し徹底的に教え込まれます。
日本企業では当たり前の5Sも取り入れられていますし、日本での日常生活で困らないよう、 ごみの分別も行われています(ベトナムでは一切行われていません)。
その他日本文化にも触れられるよう、茶道や着付けの教室もあるそうです。
こうした経験を積むことで、彼らは我々が想像する以上に、日本人と日本の文化を理解して来日することになるのです。
ベトナム人の彼らは、なぜ日本を目指すのでしょうか。
働きやすさという面からすれば、制約の多い日本より、欧米、中国、韓国、中東諸国の方がはるかに良いはずです。
それでも、日本を志向する若者は多いのです。
その理由として彼らが異口同音に上げるのが、日本はアジアで最も成功した国であるということ。
その根底には、奥深い文化と最先端の技術の融合があると見ています。
そして、日本への憧れと畏敬の念を隠そうとはしません。
彼らの来日の目的は、単純にお金を稼いで家族に楽をさせたい、日本語と技術、日本的経営手法を習得し、 帰国後は日系企業でリーダーとして働きたい、日本で稼ぎ、かつ習得した技術やノウハウを生かして起業したいなど様々です。
しかし誰からも日本の良さを貪欲に吸収したいという、強い熱意が伝わってくることに変わりはありません。
今回は8名の若者と会いしましたが、いずれも甲乙つけ難く熟慮に熟慮を重ねた結果、最終的に3名に絞りました。
彼らはこれからさらに日本語に磨きをかけ、順調にいけば8月には当社に入ってくる予定です。
丸一日を費やした面接の翌日、幸運にも3名の内の一人、ゴー・ディン・ヴァン君の実家を訪問する機会を得ました。
彼らベトナム人の日常を知る上で、またとないチャンスです。
ヴァン君の実家はホーチミン市から南西へ約90㎞、カンボジアと国境を接するタンニン省にあり、ご両親は農業を営んでいます。
ベトナム名物の交通渋滞(?)をかき分けかき分け、車で2時間ほど走ってようやく到着。
幹線道路から脇に5分ほど入ったところに目指すお宅はありました。
煉瓦造りの壁にタイルを張った瀟洒な住宅です。
暑い国だけに広いテラスが設けられ、風通しを重視した間取りになっています。
思いがけずご両親から歓待を受けました。
時間は丁度お昼時、お父さん自ら腕を振るってのご馳走に、舌鼓を打ちつつ大変美味しくいただきました。
ベトナムでは若者が海外に出るのは極々普通のことだけに、ご両親もヴァン君が日本に行くことに特に不安はないそうです。
だからこそ、我々は将来のある彼らを単なる労働力と見るのではなく、日本とベトナムの国際交流に一役買うぐらいの気持ちが必要だと思います。
その結果、第二、第三のヴァン君たちが当社に来てくれるようになれば、お互いにウィンウィンの関係を築くことができたのだと言えるでしょう。
彼ら3人と二本松で再開できる日が、今からとても楽しみです。
七島 徹